【06.11.05】大島 伸一さん[国立長寿医療センター総長]

「生きていて良かった」と思える社会の構築を

大府市にある国立長寿医療センター総長の大島伸一さんを訪ね、高齢社会に向けての現状、課題などをお聞きしました。

大島 伸一さん
1945年生まれ。国立長寿医療センター総長、前名古屋大学病院長

より健やかに生きるために

 
国立長寿医療センターは、二〇〇四年に六番目の高度専門医療センターとして、設立されました。国立大学や国立病院が法人化されていくという大きな流れのなかで、新しい長寿医療センターが国立という組織形態で設置された背景には、高齢化問題があります。

理念として「私たちは高齢者の心と体の自立を促進し、健康長寿社会の構築に貢献します。」を掲げています。長寿医療センターの使命や役割を職員全員で話し合い、国民にわかりやすい言葉で伝えようと「理念」と理念実現の「5つの基本方針」をまとめました。たった2行の言葉ですが、議論に議論を重ねてきました。より健やかに生きるためには、どのように援助できるのか研究所と病院が一体となって追求し、方向を出していくというのが私たちの役割です。

世界中で経験のない長寿社会に突入

長寿社会を迎えた中で日本の医療の方向性が問われています。今、日本の65歳以上人口が21%です。 こんな国は世界にどこにもありません。平均寿命が男女あわせて81.2歳、女が85歳で男が78歳です。女は世界一です。65歳以上人口が全体の7%になると「高齢化社会」といいます。14%以上になると「高齢社会」です。日本は、この期間「高齢化のスピード」がものすごく早く一九七〇年から一九九四年までの二十四年間で達成しました。先進国で一番長いフランスは百四十四年間かかっています。 
早いといわれているドイツでも四十二年間です。いかに日本の高齢化が早いかわかると思います。世界中でどこも経験したことのない社会、最先端に突き進むことになりました。

老後は、出来るだけ寝たきりにならないよう、介護状態にならないようにいきたいねというのは誰もが感じる気持ちですよね。

健康長寿というのは目標でもあるのですが、人間はただ長生きのために生きているわけではないでしょう。自分のやりたいことをやるために生きているわけです。この国に生まれてきて、育ちがんばり、死んでいくときには「ああ、悪くなかったなあ。まあよかったよ」というふうにおもってほしいですよね。

しかし、「病院ではもう今までのような体制はとれません。出来るだけ早く出て行ってもらいますよ」―ーこれが現実です。毎日の新聞を見ても暗い話がほとんどです。独居老人が飯も食えない、3日間ぐらい意識がある状態でそのまま逝ってしまう。考えただけでも恐いですね。だけど現実に目に見えるところで起こっています。

日本は「豊かさ」の追求だとして経済成長をどんどん推し進めてきました。団塊の世代はどん底に近いところから粉骨砕身、努力してきて気がついたらもう60歳すぎですよ。これから先のことを考えてみたらどうなるのかと、ものすごい不安を抱えています。明るい展望をどうやって出せるのか。どういう受け皿とどのような医療のあり方をつくっていかなければいけないのか、本当に緊急課題になっています。

健康長寿社会へ・・自治体の役割が鍵

長寿医療センターは、国内はもちろんですが、外国からもとても注目されています。とくに韓国、台湾、中国などから頻繁に見学者が来ます。

私は、全体をどうしていくのかというシステムづくりが必要だと思います。例えば、「愛知県のここのモデルがいいでしょう。ここへ行ってください」と。そこへいったら、街は明るくて、高齢者も明るくてお年寄りと子どもがうまくコミュニュケーションをとりあいながら生活してコミュニティが出来上がっている。地域の住民たちが、あの人、最近見かけないけど大丈夫だろうか。あそこの嫁さん、介護で参っちゃてるみたいだからちょっと二.三日休ませようかというようなことが地域のなかで出来るシステムをつくっていくこと、みんながその気になればそんなに難しいことではないと思います。できれば私はそこまで持っていきたいと考えています。

そのためには地方自治体がいかにきちんとしてくれるのかが鍵ですね。  
具体的な計画にのせようと思えばお金がいります。私たちは、ノウハウは持っていますが、お金は、土地は、建物はとなるとこれはまったく違った仕組みが必要です。基本的に中心になるのは行政です。県と共同して、地域と共同し、あらゆる人たちがそれぞれの役割を認識して連携し、高齢者社会や高齢者医療の課題に対して具体的な答えを出していくことが求められています。

医者という職種は公共資源

今、医療の分野で医者が足らないということをいわれますが、大学の役割は医師の養成です。どの専門科の医師をどれくらい養成するかは大学の責任ではありません。ある一定の地域では年間にこれだけの病気がこういう頻度で発生する、したがって婦人科・産婦人科はこれくらい必要で、5年たつとどのくらい必要だ。脳外科医はと・・・・・。シュミュレーションができるわけです。これは行政の役割ですね。それをなぜやらないのでしょうか。

現実は、医者の数にあわせて病気になってくれとこういうことでしょ。こんなひどい話はありません。医療は何かといえば病人がいて、病気があってそれに対して医療を提供する人間、医者が必要なのです。医療という技術は非常に公共性の高いものです。医者という職種は公的資源、公共資源です。これは公平に有効に効率よく使わなければいけないものです。こういう感覚が社会に欠落していると思います。

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